ホーム  > 研究概要  > 阻害剤開発を目指したβ-ラクタマーゼの構造機能解析

研究概要

阻害剤開発を目指したβ-ラクタマーゼの構造機能解析

β-ラクタマーゼについて

β-ラクタマーゼは、β-ラクタム剤を加水分解する酵素でEC3.5.2.6に分類されています。またβ-ラクタマーゼは、β-ラクタム剤の環状アミド(β-ラクタム環)を加水分解します。β-ラクタム環は4員環であり、化学構造上、不安定な構造のため開環しやすい性質があります。しかしβ-ラクタム環は生体内に存在しない構造であり、細菌の細胞壁合成を阻害する特徴を持つことから、β-ラクタム剤は抗生物質として機能します。そのためβ-ラクタマーゼを産生する細菌は、β-ラクタム剤を加水分解してしまうためβ-ラクタム剤が効きません。このような機構をもつ細菌を「薬剤耐性菌」と呼びます。細菌のβ-ラクタマーゼ産生は、細菌の薬剤耐性機構の発現させることになります。

ポイント1:β-ラクタマーゼは、細菌にβ-ラクタム剤耐性を発現させる酵素である。 

β-ラクタマーゼの分類について 

β-ラクタマーゼは、活性中心によって大きく2つに分けることができます。1つは活性中心がセリン残基のセリン-β-ラクタマーゼ、もう1つは活性中心が亜鉛イオンのメタロ-β-ラクタマーゼです。アミノ酸配列の違いから、これらはさらに4つに分類すことができます。セリン-β-ラクタマーゼはClass A, C, D、メタロ-β-ラクタマーゼはClass Bに属します。古くからClass Aは研究されており、実際に阻害剤開発も進み、臨床の現場で阻害剤が使われるようになりました。

しかし最近は、既存の阻害剤も有効でなく、今まで加水分解できなかったβ-ラクタム剤も加水分解できるβ-ラクタマーゼが発見されるようになりました。特に注目すべきことは、β-ラクタム剤の中でも様々な細菌に幅広く有効である「カルバペネム系β-ラクタム剤」を加水分解できるβ-ラクタマーゼが出現したことです。β-ラクタム剤の中でもカルバペネム系は、臨床の現場では非常に重宝されている感染症治療薬です。それがβ-ラクタマーゼによって感染症治療に使えないとなると、新しい感染症治療薬を使うしかありません。Class Bに属するメタロ-β-ラクタマーゼは、カルバペネム系β-ラクタム剤を加水分解します。また最近になって他のClassに属するβ-ラクタマーゼでも、カルバペネム系β-ラクタム剤を加水分解できるものが発見されています。

ポイント1:β-ラクタマーゼは、活性中心によってセリン型とメタロ型に分類される。
ポイント2:カルバペネム系β-ラクタム剤を加水分解するβ-ラクタマーゼが出現した。
ポイント3:メタロ-β-ラクタマーゼは、カルバペネム系β-ラクタム剤を加水分解する。

メタロ-β-ラクタマーゼについて

メタロ-β-ラクタマーゼ(MBL)は、活性中心がZn(II)イオンであるβ-ラクタム剤加水分解酵素です。しかしMBLはモノバクタム系β-ラクタム剤以外のβ-ラクタム剤を加水分解します。つまり、MBLを産生する細菌はβ-ラクタム剤耐性菌となり、β-ラクタム剤による感染症治療が無効となります。近年、話題となったニューデリー型MBL(NDM-1)もMBLの仲間です。さらにMBLは臨床上では阻害剤がありません。またMBLの遺伝子はプラスミド性と染色体性があり、プラスミド性では、水平伝播(多種の細菌に遺伝子が移動すること)ができるので特に注意が必要です。特筆すべき点は、プラスミド性のMBL遺伝子は、他の薬剤耐性遺伝子と一緒に移動することが多く、多剤耐性菌になるということです。

MBLは、さらに活性中心のZn(II)イオンに配位しているアミノ酸配列によってClass Ba、Class Bb、Class Bcのサブクラスに分類されています。

山口研究室では、日本で単離されているプラスミド性のMBL遺伝子から発現されるIMP-1とVIM-2について酵素学的に研究を行っています。IMP-1とVIM-2はClass BaのMBLです。

ポイント1:MBLはほとんどすべてのβ-ラクタム剤を加水分解するZn(II)酵素である。
ポイント2:MBLに対する阻害剤が臨床上にない。

MBL阻害剤について

MBL阻害剤は、臨床上にはありませんが、世界中で研究はされています。私たちの研究グループでは、チオール基(-SH基)を有する化合物がIMP-1やVIM-2などのMBLを阻害することを報告しています。この成果は、MBL産生菌を判定するための「SMAダブルディスク法」として臨床の細菌検査で使用されています。その結果、世界中で多くのMBL産生菌が単離されるようになりました。

他の研究グループでは、カルボキシル基(-COOH基)を有する化合物がMBL阻害剤になることを見いだしています。さらに核酸ベースやペプチドベースのMBL阻害剤も開発されています。

しかし、未だに臨床上にMBL阻害剤はありません。この理由の1つとして、MBLはさらに活性中心のアミノ酸配列によってサブクラスに分類されており、この違いによってMBLの活性中心が微細に変化しているため、MBLすべてに有効な阻害剤が存在しないことが考えられます。

またMBLは、大腸菌だけでなく緑膿菌なども産生していることがあります。緑膿菌は、化合物が細菌内に浸透しにくい構造をもつため、臨床では化学療法によって除菌しにくい細菌です。この場合、開発されたMBL阻害剤がMBL産生型緑膿菌には有効でないことが多々あることが考えられます。

ポイント1:世界中でMBL阻害剤が研究されている。

山口研究室におけるMBL阻害剤の研究方針

山口研究室では、酵素レベルでMBLの研究を行っています。大腸菌にMBL遺伝子を導入して、大腸菌にMBLを産生させ、大腸菌からMBLを精製することでMBLを調製します。

MBLはβ-ラクタム剤を加水分解するので、β-ラクタム剤の分解をUV-Vis分光光度計によって測定できるので速度論的に解析することができます。この結果は、MBLの基質特異性などを調べることができます。

また山口研究室では、酵素の結晶化が可能なくらいのMBLを大量調製できることから、MBLの蛋白質X線結晶構造解析を行っています。この結果は、MBLの活性中心の構造を調べることができます。

山口研究室では、「MBLはほとんどすべてのβ-ラクタム剤を認識する」をMBL阻害剤研究の着眼点として、基質アナログ型MBL阻害剤の開発を行っています。

Page Top